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アレクセイ・スルタノフ What's New

「ピアノの鬼神」「聴衆のヒーロー」、1989年ヴァン・クライバーンコンクールにて優勝/1995年ショパンコンクール最高位/1998年チャイコフスキーコンクール特別賞受賞アレクセイ・スルタノフ(Alexei Sultanov)の最新ニュースをここではお届けします。
ここでは基本的に各メディアで報道されたものをご紹介したり、またスルタノフ夫人から連絡を受けたりした内容を公開しております。是非ファンで少しでも多くの情報を共有したいと思いますので、他にも公開すべき情報がありましたらご連絡下さい。


(2006/5/6記)

スルタノフ夫人、Daceさんからの近況報告です。


(2006/1/9記)

私自身のプライベートなことともあり、ここで紹介するのは気がひけるのですが、2005年11月にスルタノフ夫人と電話で会話をする機会がありました。そのときのことを、個人的なブログページに記述しましたので、ここで参考までにリンクをはらせていただきます。
http://ymtokyo.exblog.jp/2661674/


(2005/7/12記)

スルタノフ夫人、Daceさんからのご連絡をここに報告いたします。
まず、日本から送ったお花は、無事に届いたそうです。これがそのお花です
スルタノフ夫妻が、いかに日本が好きであったかということを、改めてお知らせ下さっています。彼らは、文化や人、創造性、完全性、美意識、思いやり、食事、武道など本当に気に入って下さっているそうです。 悲しいお知らせではありましたが、Daceさんも今でも彼をそばに感じているから大丈夫とおっしゃっております。

彼らに対する思い出話をどんどん書いて下さい、というお願いを頂きました。ゲストブックに書き込んであげるか、メッセージをカードで送ってあげて下さい。出来れば直接読める英語(もしくはロシア語)で書いてあげるのがよいと思います。日本公演での感動、CDやDVDでの感動、彼らの夫婦愛、リハビリへの前向きな姿勢、音楽的なこと、自分にどのような影響を与えたかなど、なんでも結構です。つたない英語で結構です。

奥様は、記念となる噴水(fountain)をフォートワースに作ろうと考えています。そこでは、スルタノフの演奏が常に流れるようなものを想像されているそうです。悲しくなるような記念碑的なものより、よほど「スルタノフ的」と考えているようです。ちょっと壮大なプランですが、奥様はご自身が生きているうちに、実現させるつもりでいます。
彼らは、フォートワースを愛しており、全く引っ越すつもりもなかったようです。この家は、スルタノフの友達、ファンに開放されているということですので、有志で遊びにいきましょう。

スルタノフ夫妻は、以前から自分たちの最後について語り合ったことがあり、遺灰を海に流すことを希望しています。今度の8月7日の誕生日に、遺灰を海に流すようです。


(2005/7/7記)

現地時間7月5日(火)午後5時より、最後のセレモニーが行われました。演奏があったり、スピーチがあったり、スルタノフの演奏姿の映像が流れたり、録音が流れたりもしたそうです。このセレモニーについてはStar-Telegram紙より報道がありました。こちらのサイトです。http://www.dfw.com/mld/dfw/12064747.htm
ヴァン・クライバーン自身や、ホストファミリーのWilcoxさんもスピーチされたようです。

私たち日本から出来る些細なこととして、カードを送ってあげられるようキャンペーンを行っています。是非ご参加ください。


(2005/7/3記)

非常に残念なお知らせですが、アレクセイ・スルタノフさんは、2005年6月30日(木)に亡くなりました。朝9:30に奥様がベッドで発見されたそうです。Kramer医師によると心臓発作か脳卒中による影響だそうです。
これについて、FortWorth, Dallasの、Star-Telegram紙、DallasNews紙から、それぞれ以下のような報道がありました。
http://www.dfw.com/mld/dfw/12033000.htm2
http://www.dallasnews.com/s/dws/dn/obituaries/stories/070205dnovesultanov.65aa5c36.html
今週中であれば、Star-Telegram紙の一面記事のPDFもダウンロード可能です。

葬儀は、現地時間の7月5日(火)午後5時、Modern Art Museum 3200 Darnell Street, Fort Worth, TX 76107 (tel817.738.9215) の講堂で行われます。アメリカの慣習として、葬儀に参列する、お悔やみの電話をかけるということが望ましいとされていますが、お花、カードを贈ることで結構です。お花は葬儀場へ贈ります。例えば、このサイトから直接配送可能です。
カードは、ご実家宛「With the deepest sympathy」という言葉を添えて送ります。住所は、ホームページのhis managerと書いてある住所です(銀行ではないので注意)。
カードについて添える英文については、インターネットにサンプルがたくさんあるので、検索してみて下さい。下手な英語で問題ありませんので、是非カードを送る、メールを送る、ゲストブックに書き込むなり、暖かいメッセージを送ってあげて下さい。


(2005/6/16記)
スルタノフ一家は、コンサートを開いたりで変わらず忙しいようです。コンサート会場では、「ライブ・イン・リガ」のCDも希望者に販売しているようで、日本からも在庫を何枚かお送りしました。少しずつ演奏家復帰しているようで、嬉しい限りです。
今、気になっている点は、ライブ・イン・リガの解説文が全て日本語である点。スルタノフたち本人にすら、何が書いてあるかわかっていない状況です。そのため、英文翻訳される有志を集い、英文翻訳プロジェクトを行おうと思います。参加希望者は是非ご連絡下さい。
(2005/4/26記)
スルタノフ一家に個人的に送付するものがあったため、その時に日本らしいものを何か同封しようと思い、折り紙で「かぶと」と「やっこさん」を折って同封しました(一般的には鶴がポピュラーですが、鶴は形が3次元なので、パッキングに向かなかったので)。すると、スルタノフの奥様から連絡がありました。もちろん彼らは「折り紙」という日本文化は知っており、さらには4年前スルタノフが病気になって入院したときに、鶴を折り始めたそうです。そこの看護婦さんが折り方を教えて下さったそうで、最初は彼女も折るのに苦戦していたそうですが、次第になれてきたということです。驚くことに、広島の少女の千羽鶴の物語も知っているようです。私たち日本人も、恥ずかしくない程度に「サダコと千羽鶴」の物語を勉強しておく必要がありそうです。
「私からも何か送ってあげたい!」という方は、ホームページのContacts情報の住所、Alexei and Dace Sultanov宛に送ってあげて下さい。とても喜ぶと思います。
(2005/4/21記)
スルタノフの本家サイトメディカルアップデートのページが更新されています。主に、ここ数ヶ月のスルタノフ一家におきた事象についてが写真を交えて記述されています。
なお、記事中にネコの名前が書いてありますが、気になるのは"ninja"というネコです。これは、日本の「忍者」から名前をとった黒猫だそうです。スルタノフは忍術にも興味があり、1997年の来日のときには、忍者刀まで購入したそうですが、同じく興味を持った弟にあげてしまったそうです。なんと忍術も練習していただとか。
(2005/2/27記)
スルタノフが、昨年11月にアメリカ国籍を取得したことは、現地のテレビ局で放映されておりましたが、そのテレビ番組がオンラインで見ることが出来ることがわかりました。
まずは、以下のURLにアクセスし、必要ならメンバー登録をしてみて下さい。 http://www.wfaa.com/sharedcontent/dws/wfaa/kkelly/stories/wfaa041110_am_pianist.443a85fd.html
内容としては、以下のようなことが述べられています。 ポジティブな彼らを、引き続き応援しましょう。
(2005/2/23記)
近況の報告です。
まず、彼らはクリスマス・イブに、病院(2003年にスルタノフが骨膜炎患者として入院していたところ)に行き、神経病棟の集中治療室(ICU)で、重症患者やその家族、看護師を相手にクリスマスソングを演奏しました。
また、年明けの(おそらく)1月24日(日)に親友Bevelyさんの教会へ行って演奏をしました。シューベルトのアヴェ・マリアの演奏には、スタンディング・オベーションがあったそうです。
その翌週には、地元大学(Tarrant County College)から招待を受け演奏しました。備え付けのピアノのほかに、キーボードとチェロを持参していったようです。リストのコンソレーションや、ショパンのノクターン、マズルカは、生ピアノよりも、キーボードのほうが合うと、Daceは言っていました。
このときの聴衆のコメントが、スルタノフホームページのゲストブックに記載されています。
(2004/11/25記)
スルタノフの本家サイトで、アメリカ国籍取得に関する記事が正式に公開されました。トップページに、記事を写真付でそのまま載せているあたり、このニュースがいかにスルタノフ一家にとって大きな話なのかが理解出来ます。動く"American citizens!"には、彼らの喜びを感じることが出来ます。おめでとうございます。
(2004/11/14記)
2004年11月9日、スルタノフ夫妻はアメリカ国籍を取得しました。Fort Worth StarTelegram紙は、これを1面記事で報道(写真付)しました。彼らは二人で「America the Beautiful」の連弾を行い、地元のテレビ局でこの放送があったようです。この日のランチはお寿司でお祝いしたそうです。近々本家ホームページに、Beverly Archibald氏が書いた記事が掲載されるようです。
その他、各紙の報道はおおよそ以下のとおりです。

(2004/10/19記)
最近は、テキサス湾のカルベストン市(テキサス湾岸の温暖なビーチリゾート都市。新潟市の姉妹都市。)へ旅行してきたようです。海の近くに行くと、肺が綺麗になって、アレルギーもよくなるそうで、彼らとしては出来ればちょくちょく行きたいとのことです。リハビリも順調のようです。
前回紹介した右手の話ですが、自作の右手のための作品を送って下さった方がいて、早速スルタノフに紹介したところ、とても喜んでいました。われこそはという方、是非このような曲を書いてみませんか。
(2004/9/20記)
「アレクセイ・スルタノフ ライブ・イン・リガ」のCDの売れ行きは順調で、CDの出来にはスルタノフも喜んでいるようです。最近のスルタノフは元気にやっているようで、乗馬や水泳などのセラピーを厳しく実行しているとともに、奥様の演奏するチェロや、ピアノの左パートにあわせて、右手でピアノを弾いているようです。奥様はチェロが専門ですが、スルタノフのために一生懸命連弾の下パートも弾かれているようです。ショパンのノクターンやマズルカ、ワルツにリストやモーツアルトの作品を楽しんでいるそうです。
どなたか、「チェロと右手1本のための作品」や、「3本の手のためのピアノ連弾作品」を書いてみませんか?
(2004/8/20記)
スルタノフの35歳のお誕生日は、スルタノフ自身の希望もあって、フロリダでお友達と過ごしたようです。途中巨大なハリケーンが来たりといろいろあったそうですが、楽しまれたようです。大きな旅行が出来るくらいだから、だいぶ元気になった証拠ですね!
(2004/6/22記)
先日メディカルアップデートで、スルタノフが"Ella Fitzgeraldさん"が好きだということが判明しましたが、これに興味を持ち、他に好きなアーティストは誰かというメールをしてみたところ、以下のようなアーティストをピックアップしてもらいました。彼の音楽性を学ぶためにも、是非聴いてみたいですね。 アート・テイタムなどは、彼が敬愛するホロヴィッツもお気に入りだったようです。クラシックなファンも、是非一度これらのアーティストはチェックしてみてはいかがでしょう。
(2004/4/30記)
アリアCDさんから、スルタノフの新しいライブアルバムの発売予定がアナウンスされています。多少先の話ですが、楽しみにお待ち下さい。詳細は、アリアCDさんのこちらのページをご覧下さい。
(2004/4/30記)
VAIより、ヴァン・クライバーンコンクールのDVDが再販されました。こちらのページで、サンプル映像(ラフマニノフピアノ協奏曲第2番3楽章より1分)を見ることもできます。アリアCDさんなど、CDショップで購入可能です。
(2004/4/12記)
4/8に記述した、ノニジュースの件ですが、スルタノフの友人で、同じくノニジュースのディストリビューターである、Libby Tiltonと会話をしたところ、当Webサイトで宣伝を行うことと引き換えに、売り上げの一部をスルタノフ夫妻に寄付することをご親切にも約束して下さいました。従いまして、引き続きノニジュースのご愛飲をお願い申し上げます。
購入は、ノニジュースのホームページから、LibbyのIDである、# 1552045をご利用下さい。次のページから直接購入も可能です。 http://www.tahitiannoni.com/Libby_Tilton
(2004/4/8記)
残念ながら、スルタノフ夫妻は、経済的問題、また、ディストリビューターとしての活動をする余裕がないことなどから、タヒチニアンノニジュースのディストリビューター活動をやめたそうです。現在は保険はきかないものの、水泳や乗馬など様々な療法に取り組んでいるそうです。もちろん、ピアノも練習中とのことです。
スルタノフ家に、一台新しいパソコンが届きました。ファンからの贈り物だそうです。日本のファンからも、是非こういう贈り物が出来るといいですね。
(2003/10/13記)
スルタノフのホームページが更新されており、その回復状況が記述されています(2003/09/16付)。先日は、DaceとDaceの母親Benitaとテキサス州のPort Aransas(メキシコ湾沿いのリゾート)に行ってきたようです。プールや海で泳いで大変楽しかったようです。
また、誕生日(8/7)は一時的に病院で過ごすことになったものの、病院と家とで2回お祝いをしたそうです。
なんとも嬉しいことに、スルタノフが右手で鍵盤を触ったというニュースが入っております!このまま順調に回復してもらいです。Dace曰く「Miracles do happen!(奇跡は起きる!)」とのこと。我々も応援し続けたいです!
(2003/10/13記)
非常に更新が遅れてしまいました。下で書いた症状の悪化の件ですが、7月の後半ころ入った情報によると、既に家に戻ってリハビリの日々を繰り返していたようです。
(2003/05/11記)
スルタノフの症状が再度悪化したというレポートがホームページにあがっています。2003年3月1日、再度ひどい症状の悪化がみられ、再手術をうけたそうです。3週間ほどの間、脳疾患集中治療室で過ごすことになりましたが、その間もDaceは一度も帰宅することなく、待合室の床で寝ていたそうです。その後、集中治療室から個室へ移り、4月8日には無事にHealthSmithというリハビリ施設へ移りました。一週間もすると自分で食事が出来るようになり、歩く練習も出来るようになってきているそうです。しばらくは優秀な療法士の下で、6週間のセラピーが予定されているようです。
厳しい状態が続いているようですが、懸命のリハビリに取り組むスルタノフ、および全力のサポートをするDaceに、日本からも心からの暖かい声援を送り続けたいと思います。
(2003/05/11記)
「幻想即興曲」「スルタノフ・プレイズ・ショパン」のCDの再販がはじまりました。トライエムのホームページで紹介されています。
(2003/04/06記)
ジャパン・アーツ社からサクランボー・レーベルを移管されたトライエム社から、廃盤になっていた「幻想即興曲」と「スルタノフ・プレイズ・ショパン」のCDが再販されることが決まったそうです。発売日は2003年4月23日です。いずれも廃盤が悔やまれた名盤だけに、とても歓迎されます。
(2003/04/05記)
NHK人間講座の2003年4月〜5月に、中村紘子さんが担当する「国際コンクールの光と影」の中で、スルタノフが登場します。放送予定日は2003年5月12日で、テキストのP92〜95がその部分にあたります。コンクールという場での「審査員からの」反応などを学ぶことが出来ます。写真も拝むことが出来ます。
(2003/02/13記)
スルタノフ夫妻は、健康食品であるタヒチアンノニジュースに興味を持っており、ディストリビューターにもなっています。タヒチアンノニジュースは極めて健康によい果実ジュースだそうで、スルタノフ夫人によるとスルタノフ自身も闘病の中このジュースを利用しており、この効果により日々回復してきているそうです。
詳細はホームページを参照して下さい。購入にあたっては、スルタノフのディストリビューターIDである #1574321 を是非利用して下さい。このIDを利用して購入することにより、スルタノフ夫妻にも多少の収入が入るそうで、彼らのリハビリ費に対する貢献も出来ます。またジュースにより購入者自身にも非常に効果があります。サプリメント大好きな私も早速購入してみましたが、他のどのサプリメントよりも確かに効果が感じられます。
(2002/12/26記)

雑誌「ショパン」の2003年1月号の英雄ポロネーズ特集で、スルタノフのCD(1991年スタジオ録音)が紹介されています。ルービンシュタインと二人で紹介されております。中では「ヤングヒーローのアドベンチャーストーリー」「鮮麗痛快演」と紹介されています。

音楽之友社から出版された「ピアノとピアニスト2003」の中で(P206)、スルタノフが紹介されています。「力強いタッチ」「強い個性」といったスタイルとともに、ロシア系の演奏に対する高評価がされており、スクリャービン、ラフマニノフ、プロコフィエフのソナタをおさめたCDが注目盤として紹介されています。


(2002/12/11記)

スルタノフの放映情報です。

スカパーのクラシック専門チャンネル、クラシカ・ジャパンにて
ドキュメンタリー『第8回ヴァン・クライバーン・ピアノコンクール1989』
13日(金)20:00/14日(土)17:00/16日(月)11:00/17日(火)8:00
18日(水)5:00/19日(木)23:00
出演:ヴァン・クライバーン、アレクセイ・スルタノフ、レオン・フライシャー、
エマニュエル・アックス、ケヴィン・ケナー、クリスティーナ・オルティーズ、
フィリップ・アントルモン、ヴラディーミル・アシュケナージ、他
収録:1989年5月27日〜6月11日、本編約1時間27分

また、ミュージックエアネットワークにて、下記の再放送があります。
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第一番
  ピアノ:アレクセイ・スルタノフ
アレクセイ・スルタノフをソリストに迎えての、チャイコフスキー1875年の作品、「ピアノ協奏曲第一番変ロ短調」をお送りする。1990年ミュンヘンで行われたサマー・ピアノ・フェスティバルでのパヴェル・コーガン指揮、モスクワ国立交響楽団の演奏。この曲は、チャイコフスキー初の協奏曲形式の作品。ピアニストには非常に難易度の高い作品だが、「ピアノの鬼神」スルタノフがロシアの情感溢れる美しい旋律を見事に奏でている。スルタノフはウズベキスタン出身で当時20歳。1989年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールを制覇し、90年代には1995年のショパン・コンクールなどで活躍し世界的地位を確立したが、昨年、転倒による脳出血によって、予定された公演活動のうち、いくつかの中止を余儀なくされ、一日も早い回復が待たれている。
12/14 20:00-21:00(再)
12/21 15:00-16:00(再)


(2002/07/28記)
2002年5月25日、20時から21時、ミュージック・エア・ネットワークというチャンネルで、1990年、ミュンヘンのサマー・ピアノ・フェスティバルでの、モスクワ国立交響楽団との演奏の放映があります。
こちらのURL参照。http://musicair.econ-net.or.jp/index.html
(2001/03/19記)

現在スルタノフ氏は、硬膜下血腫によって入院し、大変深刻な状態にあります。経済的にも大変深刻な状態にあり、是非とも日本のファンのご協力をお待ちしております。
下記はそのニュースの翻訳です。

1989年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの覇者であるアレクセイスルタノフは、フォートワースの病院に入院している。彼は部分的に麻痺しており、ほんの数語しかしゃべれない状態にある。
コンクール優勝の時からフォートワースに住んでいるこの31歳のピアニストは、2月26日にテキサス州フォートワースにある整骨医療センターに入院した。検査の結果、脳の左側に大きな血塊が発見されたが、これは明らかに1週間前の転倒で出来たものである。
血塊は緊急手術によって取り除かれたが、一時間もしないうちに血管の破裂により、脳内にさらに血が入り二度目の手術が必要になった。
スルタノフ氏が5年前に発作をおこした時に最初に担当をした Edward L. Kramer医師は、「今回は大きなダメージがある」と述べた。
Kramer医師によると、スルタノフ氏の回復の見込みについては楽観的であるとのことだ。しかし、このピアニストが再度演奏出来るようになるかは定かでないという。
ヴァン・クライバーン財団の理事である Richard Rodzinskiは、「非常に非常に残念で、大変ショックである。我々は彼の完全回復をお祈りする」と述べた。
Kramer医師によると、現在スルタノフ氏は「意識のある状態で、指示に従うことが可能な状態」であるそうだ。「しかし、彼の状態は変化するものである。彼はロシア語、時に英語で、時折一、二言の言葉を口にする。正しく理解はしているようである」と続けた。
ICUのベッドで横になって彼の音楽を聞きながら、彼の右腕は音符にあわせて指を動かしている。彼の右腕は器用であるように見えるが、左手はかなり弱まっている。
スルタノフ氏は、脳を刺激する二種類の薬を服用している。一つはパーキンソン病にも使われるブロモクリプティンで、もう一つは子供の注意力不足や活動過多の障害に用いられるリタリンである。
スルタノフ氏を危機状態にした原因とされる転倒の1週間前から、彼はウイルス性の胃炎だった。
Kramer医師によると、数週間前にもスルタノフ氏は会話が困難な状態であったが、転倒はウイルスのせいでふらふらする状態だったことにあると思われている。
スルタノフ氏は旧ソ連の一部であったウズベキスタンのタシケントで生まれ、モスクワ音楽院で育った。19歳にして、彼はヴァンクライバーンコンクールにて最年少で優勝した。
スルタノフ氏は、1995年にポーランドのワルシャワで開かれたショパンコンクールで2位をとった。一位がとれなかったことに対する審査委員会への抗議として、授賞式への参加を断った。
激しい演奏家で、聴衆は彼を支持したが、評論家は深みに欠けると批判した。スルタノフ氏の燃えるようで、時に奇特な演奏は、ポーランドと日本で人気を集めたが、彼のコンサートキャリアは弱まっていった。
「彼は、こういったピアニストのキャリアを作れるマネージャの手を持つことに気づくことはなかったんだろう」と、Rodzinski氏は述べた。
Kramer医師によると、スルタノフ氏と彼の妻であるDaceは、今深刻な経済的問題に直面している。
彼は医療保険に入っているが、最良においての回復期間すらカバー出来る保険ではない。
支援基金が設立された。寄付金を贈る場合は以下宛になる。
Alexei Sultanov Benefit Fund, Landmark Bank, 6000 Harris Parkway,Fort Worth, TX 76132.


(2000/09/10記)

スルタノフ氏のサイトで、今後の予定についてが記述されていました。これによると、2000/9/16にギリシャでショパン・リスト・リスト=ホロヴィッツのリサイタルを行うようです。

また、2000年12月には、故郷タシケントで、タシケントフィルハーモニーと彼の父親を指揮者にして、初の競演を行うようです。曲目は、モーツアルトの20番と、プロコフィエフの2番です。
また、タシケントではソロリサイタルも行うようです。ハイドン、モーツアルト、プロコフィエフ、ホロヴィッツの編曲を弾くようです。

ジャパン・アーツから、ショパン・リスト・シューベルトのCDを出す予定があるようです。これは想像するに、99年の日本公演のライブ録音だと思って間違いないと思います(未確認ですが)。また、同じくアーツから、ホロヴィッツの編曲集を出す予定もあるらしいです。

2001年に日本にくるのは前述の通りですが、このツアーでは日本・アメリカ・ポーランド・メキシコ・スペイン・ギリシャを回る予定のようです。


(2000/09/03記)
8/7はスルタノフ31歳のお誕生日です。奥さまによると、スルタノフはハッピーなお誕生日を過ごしたそうです。おめでとうございます。
(2000/07/29記)
雑誌「ショパン」の7,8月号でショパンコンクール特集をしています。8月号はショパンコンクール史の後期ということで、当然95年のお話が出ています。そして、彼から参加者への直接のメッセージがあります。
(2000/05/04記)
衛星放送ラジオセントギガで、4月に1995年のショパンコンクール特集をやっていたようで、ライブ録音を日々流していたそうです。当然、最高位のスルタノフ氏の演奏も流れていたようです。
(2000/03/09記)
スルタノフ氏のマネージャ(=奥さま)と話をしたところ、次回来日公演では、ラフマニノフのピアノ協奏曲3番を弾く可能性もあるとおっしゃっていました。
(2000/03/09記)
アレクセイ・スルタノフ氏の、公式ホームページがあります。URLは、http://www.alexeisultanov.com/です。英語サイトですが、最新の写真や、レパートリ集などがあります。
(1999/12/30記)
1月号ショパンによると、スルタノフの次回来日は「2001年の10月」だそうです。
(1999/09/25記)
雑誌「ショパン」の10月号では、ショパンのソナタが特集されているのですが、この中で「聴いておきたい名盤CD」のソナタ編ということで、「スルタノフ・プレイズ・ショパン」のCDが紹介されています。89年のヴァン・クライバーンコンクールのライブのCDも一応紹介されています。ヴァン・クライバーンのときのほうが、さらに熱気は沸騰するようだ、とのこと。
(1999/09/14記)
あの後、エリザベート王妃国際コンクールに連絡がとれまして、彼は下記のシューベルト、リストの他、バッハの平均率第一巻の1番を弾いたそうです。録音も残念ながら手に入らないそうです。
(1999/08/10記)
日本で演奏会をした後に、ワルシャワのショパンイヤーのイベントに参加していたスルタノフ氏ですが、その後、エリザベート王妃国際コンクールに参加していたことが判明しました。
結果は残念なことに、セミファイナル前に消えたそうです。予選で、102人から24人に絞られたそうですが厳しい結果となりました。
(1999/07/20記)
先日来日して、大好評だったセルゲイ・タラソフですが、8月号ショパンにインタビュー記事があります(P71)。ラフマニノフの話においてタラソフの手が大きいということがありましたが、その中でタラソフが次のような発言をしております。「ラフマニノフの手は僕よりももっと大きかったはずだよ。でもスルタノフはすごく手が小さいけれど、すごくいいラフマニノフを弾く。大切なのは手の大きさじゃなくて、精神性じゃないのかな」
(1999/07/03記)
ムジカノーヴァ別冊「ショパンとその音楽」の中で、「アレクセーイ・スルタノフ」のインタビュー記事があります(P31〜P34)。この中の特筆すべき点は以下のとおりです。 なお、このインタビューは99年3月16日、都ホテル東京で行われたそうです。インタビューアーはスルタノフ氏を15年知っているという一柳富美子氏。
(1999/06/06記)
先日、BSで放送されたスルタノフの日本公演ですが、今度6月14日(月)に再放送されます。
(1999/06/06記)
6月号、ムジカノーヴァの中のロシア・ピアノ界「活躍する若手ピアニストたち」という中で、スルタノフ氏(誌面上はスルターノフ)が紹介されています(P74)。ここでは、彼は破天荒な演奏スタイルでありながらも、第一級の才能の持ち主と評価をうけている。特に、彼が知名度がありながらもチャイコフスキーコンクール、ショパンコンクールに出場した理由を、チェリストの両親がウズベク人でロシアと中近東の混血であることから、モスクワでの差別対象となったことから、ロシアピアノ界で権威のある、この2大コンクールの制覇でコンプレックスを乗り越えようとしたと記述されています。(ライターは一柳富美子氏)
音楽性は抜群のため、いつかきっと真価を発揮するに違いないとのまとめられています。
(1999/06/06記)
6月号の「ショパン」の読者からのお便りコーナー(P132)に、スルタノフファンの方がいらっしゃいました!なんと、彼の日本公演に全ていったというから素晴らしいです。
(1999/05/16記)
5月10日にNHK-BSにて3月4日東京公演の録画が放映されました。曲目は、以下のとおりです。 放送の中ではインタビュー(ロシア語による。日本語字幕付き)も行われ、その内容のサマリは以下のとおりです。

(Q)ご家族について教えて下さい
(A)母はバイオリン、父はビオラの演奏者でモスクワの音楽学校で教えています。7歳下の弟はピアニスト、そして妻はビオラ奏者です。今は、妻と5匹の猫そして1匹のイグアナと共にアメリカで生活しています。
(管理人注:父も妻もチェロ奏者です。ロシア語インタビューのため定かではありませんが、おそらく字幕翻訳の間違いだと思います)

(Q)ショパンとリストを1つのコンサートで弾く意味は?
(A)これはかなり難しいことで演奏会の前には不安にもなりますが、私はこの偉大な二人のソナタを対比的に演奏することに挑戦しているのです。ご存知のようにショパンとリストはよき友達でした。しかし二人の人生観はとても対照的です。言ってみればショパンはロマンチスト、リストは支配的で積極果敢なタイプです。言い方をかえるとショパンはモーツアルトのようなイメージ一方リストはワーグナーのオペラを思い起こさせる作曲家です。だからこそ二人の友情はお互いに有益だったのでしょう。そういう意味で、今日のプログラムは調和がとれていると思いますよ。あとは私の演奏にかかってますね・・・・


(1999/04/29記)
今月号(5月号)の「ショパン」の読者からのお便りコーナー(P137)に、スルタノフコンサートの感想を書いてくださった方がいらっしゃいます。14歳というから、中学生の方でしょうか、3月4日の東京芸術劇場のコンサートのソナタ3番に感動されたそうです。
(1999/04/29記)
今月号(5月号)のムジカノーヴァとショパンにそれぞれスルタノフ氏の情報があります。
ムジカノーヴァでは、カラー写真で3月6日のタワーレコードの様子が、またクローズアップのコーナーでは、そのタワーレコードでのQ&Aのサマリが紹介されています。
一方「ショパン」の方では、ポロネーズ特集の中で、スルタノフがポロネーズについて語っています。彼のポロネーズに対する考え方も興味深いですが、彼の推奨ディスクもまた興味深く、彼が挙げたピアニストは、下記の7人です。 現在のところ、彼が録音しているポロネーズは、英雄ポロネーズと華麗なる大ポロネーズだけですので、これらの人の演奏も興味深いです。
(1999/04/03記)
スルタノフ氏の、ヴァン・クライバーンコンクールのCDをもう1枚紹介します。「The Eighth Cliburn Competition 1989」というタイトルで、スルタノフ以外の演奏も入っています。スルタノフ氏の演奏は、全て日本で演奏されたことのある以下の曲目です。 となります。
(1999/04/03記)
スルタノフ氏の海外コンサート情報です。
1999.4.11 ポーランドにてショパンリサイタル
1999.4.13 ポーランド(ヴロツワフ)のフィルハーモニーホールにてショパンリサイタル
1999.4.15 ピアノリサイタル
1999.4.18 ポーランド(ワルシャワ)の国立フィルハーモニーホールにてショパンリサイタル
1999.4.24 ピアノリサイタル

とのことです。なお、同年3月には、スルタノフ氏と2位をわかちあった、フランス人ピアニスト、フィリップ・ジュジアーノもポーランドシュチェチンでコンサートを行っているようです。


(1999/03/30記)
スルタノフ氏が、1989年のヴァン・クライバーンコンクールにて演奏した曲目をコンクール事務局より教えて頂きました。下でいうショパンのスケルツォは2番です。
Preliminaries Phase 1:
Bach    Italian Concerto BWV 971
Haydn    Sonata in E major
Chopin    Scherzo
Chopin    Etude in C minor Op. 25 No. 12
Rachmaninoff    Etude in E-flat minor Op. 39 No. 5

Preliminaries Phase 2:
Mozart    Sonata in C major K.330
Liszt    Mephisto Waltz
Prokofiev    Sonata No. 7 in B-flat major Op. 83

Semifinals:
Chamber Music:
Dvorak    Piano Quintet in A major Op. 81
Recital Program:
Beethoven    Sonata in F minor Op. 57
Chopin    Sonata No. 3 in B minor Op. 58
Schuman    Chester: Variations for Piano

Finals:
Chopin    Piano Concerto No. 2 in F minor Op. 21
Rachmaninoff    Piano Concerto No. 2 in C minor Op. 18

(1999/03/25記)
日本公演を全て終えたスルタノフ氏、3月22日の最終公演で演奏した後、翌日23日の飛行機で日本を離れました。奥さま情報によると、今度の来日は2年後の予定だそうです。
(1999/03/21記)
3月4日に行われた東京芸術劇場の公演は、5月10日にBS2で朝8:05〜9:00に放送される予定だそうです。
(1999/03/21記)
現在日本公演真っ最中のアレクセイ・スルタノフ氏ですが、この日本公演が終わったらドイツ、ベルギーへと行き、その後ワルシャワで開催されるショパンイヤーのイベントに出演し、演奏するそうです。

(1999/02/28記)
2月24日に、「アレクセイ・スルタノフ ヴァン・クライバーン・コンクール・ライヴ」というCDが発売されました。これは彼が優勝した1989年のヴァン・クライバーンコンクールのライブ録音です。内容は以下のとおりです。
  1. ベートーベン:ピアノソナタ23番 ヘ短調 作品57<熱情>
  2. W.シューマン:ピアノのための変奏曲<チェスター>
  3. ショパン:ピアノソナタ第3番 ロ短調 作品58
  4. ショパン:練習曲 ハ短調 作品25-12
  5. ラフマニノフ:練習曲<音の絵>作品39-5
  6. リスト:メフィスト・ワルツ
迫力のある情熱的な演奏が堪能出来ます。ライブ録音のため、メフィスト・ワルツでは途中で残念ながら弦が切れた録音となっています。
(1999/02/13記)
来日同時発売といわれていた、「スルタノフ・プレイズ・ショパン」というCDですが、すでに店頭発売中となっています。内容は以下のとおりです。
  1. バラード4番
  2. スケルツォ2番
  3. スケルツォ3番
  4. ポロネーズ6番「英雄」
  5. ソナタ3番
  6. ワルツ1番「華麗なる大ワルツ」
  7. マズルカ35番
  8. マズルカ34番
  9. 練習曲12番「革命」
どれもこれも素晴らしい演奏です。1996年来日のライヴ録音です。
(1999/01/31記)
2月24日に、1989年に優勝を決めたヴァン・クライバーンコンクールのライヴCDが発売になります。ワーナーから発売されます。
(1999/01/31記)
すでに決定していた99年来日公演に加え、3月22日に、Bunkamuraオーチャードホールで行われる、「第3回クラシックはいかが? 没後150年記念 ショパンの世界」という演奏会にて、特別主演します。他のメンバーはピアノから東誠三/有森博/笈川浩治/近藤嘉宏/白石光隆/若林顕、ヴァイオリン川井郁子、チェロ長谷川陽子、ソプラノ足立さつき で行われます。
全席自由 クラシックコンサートによく行く人は3000円、はじめて行く人は1000円、16:00開演です。
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