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Medical Updates

このページは、スルタノフのホームページで掲載されている、彼の健康状態を記した記事の翻訳を紹介しております。翻訳者は、医学知識がなく、英語も専門ではないため一部誤訳がある可能性がありますがご了承下さい。
英文のオリジナル記事は、現在二つにわかれており、2002年5月22日まで、Kremer医師が状況を報告したDoctor's Journalと、その後の状況をつづった彼らの友人(元々はDaceさんの英語の家庭教師)である Beverly ArchibaldさんのBeverly Archibald Journalです。

2005年3月22日

スルタノフ一家にとって、ここ数ヶ月は、いろいろな動きがありました。アレクセイの父親、Faizulはモスクワに帰ることになり、もちろん、Daceとアレクセイは、素敵なお別れ会を開きました。彼らは何かにつけて、お祝い事をしています。1月15日は、私の892ヶ月の誕生日パーティを開いてさえくれました。私にとって幸運なことに、ケーキにはロウソクは立てませでしたよ。楽しかったです!

クリスマスも、もちろん、スルタノフ一家にとっては大きなお祝い事です。今年も彼らは関節炎の人たちの「ジングルベルマラソン」に参加しました。二人はサンタ帽をかぶり、アレクセイの車椅子は、明かりのつきの花綱で飾られました。フォートワースのダウンタウンで開催される、毎年恒例のお祭り「ライト・パレード」にも参加しました。

昨年の秋から、アレクセイとDaceは、福祉施設や診療所での演奏をはじめました。ペースもだんだん上がってきています。クリスマスイブには以前アレクセイがICUで過ごしたプラザ病院に戻り、患者や家族のためにクリスマス・キャロルを演奏しました。聴衆の一家族は、次のように話しています。「病院で過ごす我々にとって、こんな素晴らしいクリスマスプレゼントがあるでしょうか。本当に感動しました。時間を作って演奏してくれたお二人に心より感謝します。」

1月には、ウエストサイド・ユニテリアン・ユニバーサリスト教会の礼拝で演奏しました。それから2月には、タラント郡立大学に招待され、生徒や教職員へ演奏しました。聴衆はスタンディング・オベーションで喝采しました。最近では、3月に、ハリス病院の卒中患者のサポートグループ向けに演奏をしました。

どこへいっても、彼らの音楽とメッセージは参加者の心をうちます。公共の場での演奏は、アレクセイにとっても、彼の演奏を聞く聴衆にとっても希望のメッセージとなります。彼らのメッセージと方針とは「NEVER GIVE UP」です。彼らはこのメッセージ通りに毎日生きているわけです。

MSPT(物理療法科学の先生)であり、NDT(神経発達療法士)でもある、彼らの親友のDonna Wittenは、彼らの家まで通い、アレクセイ(とDace)に魔法をかけています。Daceは引き続き、毎日アレクセイに物理療法と言語療法を行い、またもちろんのこと一緒に音楽の練習をしたりもします。近所のYMCAの温水プールで泳ぐこともリハビリの1つです。

この忙しい家族には、動物たちもいます。Caligulaという名前で11年間も飼っているイグアナがいます。来た当時は小さかったのですが、いまは見たらびっくりしますよ! また、Sami, Susie(15歳), Nahal(13歳), Ninja(8歳)と4匹の猫がいます。拾ったのもいれば、もらった猫もいます。
さらには、3年前 Port Aransas から帰るときにDaceが持ち帰ったFedjaというヤドカリ(marine crab)もいます。このヤドカリも大きくなり、今では貝を変えて自分の水槽で暮らしています。さらに、Jerickというインコがいます。これは、数年前のクリスマス直前の寒い日に、車の下で見つけたのです。彼らは他にも、水槽で魚を飼ってます。

Daceとアレクセイは、テキサスの海岸のGalvesonに数ヶ月に1度はいきます。アレクセイの呼吸困難も海に行くと驚くほどよくなります。Daceはなんとかして、この旅行を安上がりで、かつ楽しいものにしようとしています。彼らは、食事をしながら、プールで泳げて、ビーチが近く、天気が良ければ海でも泳げるような安い場所を何箇所か見つけたのです。

スルタノフ一家は、皆さんのお祈りや、愛にあふれるメッセージに大変感謝しています。彼らは、我々凡人からすると、物理的、精神的、経済的に大変困難であることにたいしても、非常に忍耐強く接しています。皆さんも人生で困ったことがあっても、彼らから学んでください。「NEVER GIVE UP」ですよ!

Beverly Archibald

2004年6月3日

アレクセイの状態や活動についてをアップデートしてから、数ヶ月が経ってしまいました。

スルタノフ一家にとって、もっともエキサイティングだったことの一つは、2月に彼らが受験したアメリカ合衆国国民のテストに合格したことでしょう!Daceが言うには、彼らはいまや「非公認ながら」アメリカ国民であり、儀式で誓いをたてることを待っているだけということです。それは、盛大にお祝いすべき時になるでしょう。彼らは、11月の選挙には国民として投票出来ることを待ち望んでいます。

彼らは日々の生活の中で、いつも一緒に活動しています。料理もその一つです。アレクセイシェフはスープやサラダに使う野菜を切り刻み、生地に混ぜ合わせます。これは、彼にとってよいリハビリになっていると同時に、Daceにとっても助けとなっています。

アレクセイの日々の療法は、彼自身や療法士によって綿密に厳しく続けられています。専門家による毎週の診察、さらに彼専属の「主任療法士」であるDaceによる、日々の厳しい活動があります。自宅での様々な運動に加え、近所のYMCAの温水プールや近くの湖で週に何回か泳いだり運動したりして、楽しく過ごしています。

最近のお気に入りは「乗馬(Hippo)療法」です。といっても、カバ(hippopotamasu)ではなくて、馬に乗るんです!これは、体のバランスやコンディションを整えるのに効果的です。
神経疾患を持つ人にとって大きな医学的な前進と見られるのは、"stem cell(幹細胞)"の研究です。これは、分化がおきていない"stem cell"を採取し、それを患者に移植するという最新技術です。損傷された細胞の機能を取り戻すため、移植された細胞は次々に分化するというものです。これは、我々医学素人からすると信じられないように聞こえますが、Kramer医師は、この技術がいつの日かアレクセイに適用出来ると断言してくれています。もちろん、このような医学研究は高価なもので、皆さんの経済的支援がこの実施に役に立つことになります。

このようなこともあり、スルタノフ一家は、絶えることない積極的な姿勢をとりながら、回復への道を歩み続けています。このような積極的な情熱の側にいれることは、大きな喜びです。

理学療法に励む一方、彼らは、オペラや各種フェア、動物園、その他のイベントに参加したりと楽しんでいます。こうした活動の去年のハイライトは、関節炎財団の支援による、「ジングルベルマラソン」への参加でしょう。アレクセイとDaceは、サンタ帽をかぶり、アレクセイの車椅子はクリスマスライトで飾り付けられました。それは見物でした!
他のハイライトは、アレクセイとDaceが自宅で家族と友達を招いたクリスマスコンサートでしょう。Daceの伴奏にアレクセイがメロディーを演奏したクラシックの選曲で、彼らは有名な賛美歌を演奏し、みんなで歌いました。私は、Daceのチェロの伴奏に沿ってアレクセイが演奏した、シューベルトのアヴェ・マリアが個人的に大変気に入りました。

多くの人が、Daceはアレクセイのためにチェロを演奏すべきだと言っていましたが、彼女は、アレクセイが一緒に演奏出来るようになるまではチェロを弾くことはない、と断言していました。ついにこれが実現したこのイベントは、我々全員にとって素晴らしく感動的な時でした。

この他にも、最近では2回、彼らの自宅でコンサートをしました。1回はイースターに、もう1回は、5月に60歳となったアレクセイの父Faizulの誕生日祝いです。Daceはチェロで何曲か演奏し、アレクセイも新しい「ヤマハポータブルグランドピアノ」 Daceがいうには、彼らの「魔法のピアノ」ということですが、これを使って、Daceにあわせました。アレクセイの右手は、日に日に強くなり、状態がよくなってきました。彼はいまや、サポートがなくても、ピアノ椅子にバランスをとって座れるようになりました。

「魔法のピアノ」の楽しみは、テンポやリズムを変えて演奏出来ることです。アレクセイのお気に入りの一つは、Ella FitzgeraldなどのジャズのCDをかけ、それにあわせてピアノで演奏することです。

この未来の音楽家の活動として、様々な看護施設での演奏計画もあります。アレクセイは、自分自身が、困難を克服する人の生きた手本であると感じており、他の生活制限を持った人たち頑張れるように、励ましてあげたいと考えています。

いつものことですが、皆さんの愛のこもった暖かいサポートに、アレクセイとDaceは、とても感謝しています。

Beverly Archibald

2003年9月16日

アレクセイは、回復に向けて前進しています。9月16日に書いていますが、彼とDaceとDaceの母親であるBenitaは、テキサス海岸のPort Aransasで、一週間の休暇を過ごしています。彼らは最高の時間を過ごしています。彼らは、激しい雷雨の中到着しました。彼らにいわせると、それは本当にひどいものだったそうです。彼らの部屋は湾に面した4階で、食事をとるバルコニーは、海が見える最高の景色でした。
その後:今日は9月26日です。旅行に出ていた彼らもフォートワースの家に帰ってきました。彼らは海岸で、最高の時を過ごしました。毎日、海やプールのきれいな水で泳いだりと。Daceがいうには、アレクセイは、水をとても楽しんだようです。彼らは、ビーチまで長い距離を歩いたのですが、アレクセイは新しい「モンスターチェアー(巨大な台車のように大きなタイヤのついた車椅子)」を本当に楽しんでました。素晴らしい発明です!

8月には、彼の34歳の誕生日を祝いました。発作的な肺炎のため、病院への小道でのお祝いとなってしまいましたが。入院はわずか二日でしたが、友達が病院まで来て、ケーキやごちそうとともに、誕生日をお祝いしてくれました。ロウソクはなかったんですが、まあ、病院に持ち込むべきものではないでしょう。でも、退院後、今度はロウソクのついた別のケーキで、自宅で34歳の誕生日をお祝いしました。

乗馬などによる療法が続いています。彼の肋骨と骨盤はずれているため、ひどい痛みがします。家で行う運動とともに、こうした療法が健康状態を良化するのに役立ちます。

アレクセイは、ピアノを再開しました。フルサイズのキーボードを使い、手の使いかたを取り戻しています。Daceは彼の演奏やその他のCDを流し、アレクセイはそれを聴きながら右手で演奏します。彼の演奏を再び聴けるなんて、なんと嬉しいことでしょう! Daceは続けていいました。「奇跡って本当に起きるのよ!」

Beverly Archibald

2003年4月19日

3月1日、アレクセイはひどい痛みの感染症を起こし、再び入院しました。病院で、緊急センターに行った後、救急車で別の病院に転院し、再度別の手術を受けました。髄液が感染症を起こし、体内から不要なもの(短絡やバクロフェンポンプ)を取り除く必要がありました。彼は、脳神経外科のICUで3週間とちょっとを過ごしました。その間、Daceは病院を去らず、待合室の床で寝ていました。アレクセイが受けた治療は素晴らしく、他の患者家族や看護スタッフは、DaceやFaizul(アレクセイの父)、アレクセイにとって、暖かくサポートしてくれました。新しい短絡が埋め込まれましたが、現在のところ、バクロフェンポンプはついていません、つまり、痙縮(コントロールにポンプが必要とされる)はひどくはありません。今回は、経口薬でコントロールできるでしょう。

ICUに3週間入った後、アレクセイは病院の個室に移動しました。そこで彼は理学療法を開始し、回復への道を歩み始めました。Daceはついに、寝るためのソファーを持ち込みましたが、いまだ建物を一歩も出ていません。

次のステップは4月8日です。アレクセイは、優れたリハビリテーション施設であるHealthSouthに転院しました。1週間とちょっとがたち、彼はまた自分で食事が出来るようになり、歩行訓練を開始しました。治療は厳しく続くものとなります。療法師は非常に優秀で、思いやりのある人です。アレクセイと療法師は回復にむけて一生懸命です。Daceはもちろん、彼の専属看護師であり、ルームメイトでもあります。今後はHealthSouthに残り、6週間の療養を行うのが現在のところの計画です。

スルタノフ家へ行くと、いつも気持ちが盛り上がります。Daceは底なしに元気で前向きであり、スルタノフの前進を見ているのは何よりのプレゼントです。
この素晴らしく、能力にあふれた彼と、彼の家族へ、祈りと暖かいサポートを送り続けて下さい。

Beverly Archibald

2002年5月20日

アレクセイ・スルタノフのファンと友達の皆様へ:

アレクセイは、言語療法や理学療法、また作業療法を受け続けています。しかし、現在のところ、頻繁で痛みを伴う筋攣縮(これがおきると、誰かの助けなく普通に立つことが出来なくなる)のため、成果は限られています。彼の視界は脳卒中の影響を受けており、それゆえに眼球を普通に動かしたり、昔のようにはっきりとものを見ることが出来なくなっています。

二ヶ月前、脳室腹腔短絡(脳と腹腔をつなぐチューブ)術を受けました。これは、交通性水頭症(彼の頭部の異常な水圧の上昇)と呼ばれている症状の治療のために行いました。おかげさまで、今回はチューブは上手く動作しているようです。

アレクセイは、バクロフェンポンプも必要としています。これは、彼の痛みを伴うけいれんや、左半身や首、背中の硬直をよくするため、筋肉をほぐす薬を彼の脊柱管に流し込むために作られた装置です。バクロフェンポンプがつけられたので、彼はさらに快適になり、歩いたり日々の生活が楽になると期待していいでしょう。

アレクセイの神経医師であるとともに、彼の親友として、彼の回復過程は非常に長いものになる恐れもあることを言わなければならないでしょう。

アレクセイとDace、そして彼の家族は、みなさんのお祈りや励ましの言葉、支援に心から感謝しています。こうした困難に大して大きな支援となっています。

皆さんのご多幸をお祈りします。

Dr. Edward L. Kramer

2001年7月22日

ご存知の通り、アレクセイは回復への長い道に向けて退院しました。彼の家の猫やイグアナ(Caligula)は、久しぶりに彼が家に帰ってくるのを見て、非常に喜びました。でも、彼の妻のDaceほど喜んだ人はいないでしょう。

アレクセイは、ゆっくりですが段階的な前進を続けています。ピンと張ったアキレス腱を直す手術のため、彼の足の動きはだいぶよくなり、そのため歩行能力にちょっとした進歩が見られました。一連の筋弛緩薬の注入は、話す能力に問題を与えていた顔の痙攣を減らし、今ではもっとクリアに、また、より快適に話すことが出来るようになりました。彼は食欲もあり、よく食べています。彼は療法にも励み、毎日話せるようになるため、また手の状態をよくするために頑張っています。彼はまた水泳療法を取り入れ、これには楽しんでいるようです。Daceと彼女の母親であるBenita、またアレクセイの父親のFaizulは、アレクセイの治療を手伝うため、しばらくの間フォートワースに残る計画を立てています。

直面する全てに対処するのは、非常に大変なことです。しかし、いつもどおり彼らは、アレクセイのファンや友達にご多幸をお祈りし、あらゆる種類の愛情とサポートをみせてくれるみなさんに、心からの感謝をしております。彼らにとって、このような困難な状況では、皆さんのサポートが非常に大きな意味を持つのです。

スルタノフを助けるために、慈善コンサートの話が出てきています。しかし、まだ、明確なプランまではいきついていません。我々は、こうした進展がありしだい、皆さんにお知らせし、また、定期的にアレクセイの健康状況を更新することを約束します。

皆さんに神の祝福がありますように。

Edward L. KRAMER, D.O.
神経医師
4916 Camp Bowie Blvd./Suite 108
Fort Worth TX 76107

2001年5月9日

アレクセイ・スルタノフはテキサス州ダラスの、Baylor Instituteというリハビリテーション施設で脳損傷からの回復を行っています。この数週間、彼の意識レベルと全体的な耐久力は著しい良化をみせています。彼はまだ弱い半身麻痺と、痙縮により、左半身の動作が困難な状態です。彼は、痙縮を良化させるために(前述の通り効果がありましたが)、左腕と左足の筋肉にボツリヌス毒素の注入を行っています。彼は経口薬で、痙縮の治療中でもあり、少しずつよくなっています。 今のところ、整形外科医は、歩行が上手くいくよう、アキレス腱を伸ばすことは可能であると判断しています。アレクセイは、引き続き、はっきりと呼吸して話せるようになることを焦点にあてていきます。

アレクセイは今、栄養素の全てを口から取り入れています。腹部についていた栄養管は取り外され、瘻孔(手術の穴)は閉じられました。彼は特に、家族が野菜や果物で作った「健康シェイク」を気に入ってます。家族の助力を得て、彼は療法師、医師、看護師のチームに、ラムや、ピラフ、野菜の素晴らしい食事を準備し、彼らを驚かせ、また喜ばせた。素晴らしいです!

アレクセイはBailorリハビリテーション施設のプールで、水を使った療法に取り組みはじめました。これは、彼にとって特に楽しかったようです。かれは、病院の4階でピアノを見つけ、右手を使ったその信じがたい才能にスタッフを驚かせた。

献身的な妻と父親のサポートを得て、アレクセイは言語療法や理学療法、また作業療法に熱心に取り組んでいます。彼は非常に熱心な姿勢をみせています。

Mary Carlile, M.D.
Medical Director, Brain Injury Services Baylor Institute for Rehabilitation Dallas, Texas

2001年3月25日

アレクセイ・スルタノフは、2001年2月26/27日の脳卒中、脳外科手術から着々と進歩を見せています。彼は今よい状態で、先週、テキサス州ダラスのBaylor大学神経リハビリテーション病院に転院してもよいほど十分に回復したと決定されました。

ここで彼は、6週間から3ヶ月の集中的なリハビリテーションを受けることになっています。その後、彼は家に帰り、通院患者として数ヶ月のリハビリテーションを行います。
明らかなことですが、今年のコンサートスケジュールは、無期延期となります。

苦しい試練の間、彼の妻のDaceは、アレクセイのそばにほとんどずっといました。友達やファンの祈りが世界中から彼へと注ぎ込まれており、それはこの苦しい期間、そういったサポートを心から必要とするアレクセイとDaceから、とても感謝されています。

アレクセイ・スルタノフ支援基金に経済的な貢献をしたいという方は、下記のアドレスにお願いいたします。
Alexei Sultanov Benefit Fund, Landmark Bank, 6000 Harris Parkway. Fort Worth, TX 76132
Routing nb : 111915657
Account nb : 36001154

スルタノフの今後の健康状態はこのWebサイトで定期的に掲載されます。

Edward L. KRAMER, D.O.
神経医師
4916 Camp Bowie Blvd./Suite 108
Fort Worth TX 76107

2001年3月8日

アレクセイ・スルタノフは、2001年2月26日、硬膜下血腫と伴う発作のため、入院しました。

31歳のスルタノフは、2月26日の夜、脳の血栓を取り除くため、緊急開頭手術を受けました。

彼はテキサス州フォートワースの、テキサス整骨医療センターに入院し、現在は深刻だが安定した状況です。

彼のための支援基金が設立されました。寄付などは、下記へお送り下さい

Alexei Sultanov Benefit Fund, Landmark Bank, 6000 Harris Parkway. Fort Worth, TX 76132
Routing nb : 111915657
Account nb : 36001154


メディカルアップデートを理解するための、英語・医学・必要知識

上記のメディカルアップデートを読むのに便利と思われる、英語や医学の必要知識を以下に紹介します。
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